育て達人第163回 吉野 彰
教授就任1年 大学院生に自分で考える習慣を求める
大学院理工学研究科 吉野彰教授(電気化学)
リチウムイオン電池の原型を世界で初めて試作しノーベル賞候補とされる吉野彰教授は、7月で本学に着任して1年になりました。今年は日本国際賞(Japan Prize)と中日文化賞を相次いで受賞し、東海地区での知名度も上がってきました。月曜日1限目の講義の後、近況を尋ねました。
教授に就任して1年たった感想から。
大学院生を教える吉野彰教授
初年度とあって、年間の講義資料作りが結構難しい。私の経歴から言って、電子?電気化学の教科書的な話では意味がありません。身の回りにある電気化学から入って、内容を肉付けしないと、大学院生にアピールする講義にはなりません。前期、後期合わせて30通りの講義資料を作るのですが、ベースになる資料を引っ張り出して再構築しています。私自身の再勉強にもなります。
指導する大学院生にはどのようなことを求めていますか。
単なる学問の詰め込みではなく、原点をよく理解してから、できるだけ身近なことに関連付けて電気化学を学んでほしいと思います。教科書的なことと、身近なこととのミックスですね。
6月11日の講義では「仮説を出してほしい。考えることが大事」と力説していました。真意は。
大学院生と双方向の講義を心掛ける吉野彰教授
大学院生が自発的に考え、議論して何らかの仮説なり答えなりを導き出すことに重点を置いています。私がテーマを与え、グループに分かれてディスカッションしてもらっています。間違えてもいいので、自分で考えることが大事なのです。毎回、最後にリポートの課題を出し、まとめてもらいながら双方向の講義を心掛けています。
ご自身が科学に興味を持ったきっかけは。
小学校の担任だった新任の女性教諭が、イギリスの化学者?物理学者ファラデー(1791-1867年)の講演録「ロウソクの科学」を薦めてくれました。物が燃える原理を説明した内容に夢中になりました。河原でキャンプをした時、石を水中に入れたまま運び、「軽くなる」と言うと、先生は「アルキメデスの原理だよ」と褒めてくれ、うれしかった思い出が鮮明に残っています。
吉野彰教授が小学生時代に科学への目を開かされたファラデーの「ロウソクの科学」
1981年にノーベル化学賞を受けた福井謙一博士(1918-1998年)の業績の背景に京都大学工学部化学系教室の基礎重視の学風と、燃料化学教室のたぐいまれな自由な雰囲気があったと言われています。孫弟子としていかがですか。
確かに自由な雰囲気がありました。大学院修士課程の研究テーマは自分で決めていました。考えるトレーニングをする環境にありました。
4月18日に日本国際賞、5月31日に中日文化賞と受賞が続きましたが、授賞式のエピソードや感想をお聞かせください。
日本国際賞では天皇、皇后両陛下ご臨席の祝宴の後に「後席」がありました。毎年アカデミアの研究者と企業の研究者合わせて10人の若手研究者が選ばれ、両陛下の前で自分の研究について短時間で説明します。分かりやすく説明するには、勉強し直さなければなりません。若手にとってはいい機会です。名城大学からそんな人が出たら面白い。
中日文化賞については、地元色が出ています。芸術的な分野まで顕彰するのは素晴らしいことです。
リチウムイオン電池については、トヨタ自動車が独自電池規格の普及を目指していると報じられています。
電気自動車の普及には電池の技術が不可欠です。規格を作るのはドイツが最も上手です。ドイツは技術的なイニシアチブをとれる上、EUやヨーロッパを巻き込んで有利に進めることができます。規格作りでは、腹芸も含めた国際的な交渉力が必要です。日本は技術が先行しているので、データを先に出さなければならないのですが、まねをされる可能性があるため、守りの姿勢になります。世界に通用する規格作りには、電池の中身がよく分かり、ネゴシエーターとしての能力が高く、押しの強い人が適しています。そのような人が求められています。
今後の研究について語ってください。
固体電解質の電池に関してここ数年でいろいろなことが分かってきました。リチウムイオンがどういう動き方をしているのか。従来のセオリーでは説明できない現象が起きています。過去の教科書にとらわれず、リチウムイオンに関するデータを洗い直したら、大きな成果が出てくるのではないか。原点に戻って研究しなければならないと考えています。
この際、力説しておきたいことがあればどうぞ。
若い人は自分で考えなければならない。情報はネットですぐに手に入りますが、自分で仮説を立て立証する。間違っていたら、なぜか、正しくても、どうしてそうなったのか。若いころから考えるトレーニングをしてきた人は有利になると思います。
最後に、趣味のテニスの話をしてください。
テニスを始めて35年ぐらいになります。神奈川県藤沢市の自宅近くで週1回はプレーします。肉体とメンタルの健康のために続けています。
吉野 彰(よしの?あきら)
大阪府吹田市出身。1970年、京都大学工学部石油化学科卒業。1972年、同大学院工学研究科石油化学専攻修士課程修了。同年、旭化成株式会社(旧旭化成工業株式会社)入社。同社電池材料事業開発室室長、フェロー、顧問などを経て2017年10月から名誉フェロー。九州大学エネルギー基盤技術国際教育研究センター客員教授。2004年、リチウムイオン電池の開発の功績で紫綬褒章を受章。2014年には全米技術アカデミーから「The Charles Stark Draper Prize(チャールズ?スターク?ドレイパー賞)」を受賞。