育て達人第124回 高橋(溝上) 由紀
グローバル化と英語力アップは違います
人間力、専門性を磨くことを忘れずに
法学部 高橋(溝上)由紀 教授(社会言語学)
「英語は、幼稚園から学ばなくとも成長してからでも集中して勉強すれば身につきます。国際社会で求められるのは良い発音よりも話の中身です」。法学部で英語教育を担当する高橋先生の持論です。グローバル人材育成と語学教育との関わりについてお聞きしました。
――幼いうちに英語の力をつけてほしいと、親が就学前のわが子を英会話スクールに通わせている風潮についての高橋先生のコメント記事(読売新聞)を読みました。
幼児期の英語教育については様々な論議があります。臨界期と呼ばれる時期までに学ばなければ手遅れになるという説もありますが、明確な根拠があるわけではありません。早く習い始めれば苦労せずにペラペラに話せるなど過大な期待はしない方がいいと思います。早くから始めることでネイティブに近い発音ができるとは思いますが、遅く始めたからといって、追いつけないということではありません。
――大学の文学部で英文学を専攻したのは英語が好きだったからですね。
好きでした。英語との出合いは中学校で初めて英語の教科書を開いた時ですが、こんな言語があるのかと新鮮でした。大学を卒業して、マスコミの仕事を通していろいろな世界をみたくてテレビ局で報道記者の仕事をしました。約3年働いて貯金し、英語や世界についてさらに広い視野から学ぼうとロンドン大学に留学しました。英語にはそこそこ自信もありましたし、TOEFLでもそれなりの点数は取っていたので、留学の準備は万全だと思っていました。ところが、大学院だけに、カルチュラルスタディズという専門分野での学びは甘くありませんでした。授業や討論で交わされる言葉の意味が全くつかめないのです。ICレコーダーに録音した授業内容を、家に帰って何時間もかけて書き出しながらの学びを3か月くらい続けてやっと先生たちが言っていることが分かるようになりました。
――スピードが速かったからですか。
速いうえに、専門知識が奥深かったこともあります。それにイギリスの社会でなら、いちいち説明しなくても常識として共有されているようなこともあります。日本の大学でしっかり学んだから大丈夫とか、そういうレベルではない。世の中はそんなに甘くないぞと打ちのめされた感じでした。自分でいうのは何ですが、泣きたくなるくらい、血のにじむような努力をしました。明治維新の後、新渡戸稲造など欧米に渡った人々が、日本の近代化に役立てようと懸命な努力で学んだあの心境が少しは分かったような気がします。
――英語に対する考え方も変わりましたか。
英語という言語が持つイデオロギーや差別の構造も見えてきました。例えばアカデミー賞を受賞して話題になった「ザ?コーヴ」(The Cove)というアメリカの映画がありますね。和歌山県太地町で行われているイルカ追い込み漁を批判的に描いた映画です。権威ある賞の受賞で、イルカ漁が残酷であるという価値観が世界に広まりました。しかし、かつてのアメリカはクジラの油を求めて世界に繰り出し、油だけを取ってあとは捨てていました。日本の沿岸漁民は肉、皮、骨まで無駄にせず、大切な命を大事にいただき葬りました。イルカやクジラを殺して食べてはだめというのはあくまで一つの価値観。自分たちの価値観や文化こそが正しいと信じ、英語によって世界に広めていくやり方は、言ってみれば価値観の植民地主義だと思うのです。英語は国際語だ、世界語だとあたかも常識的に語られていますが、歴史的には大英帝国、その後アメリカが世界を支配した結果です。客観的にも世界70億人の人口の中でも、70%の人たちは英語を話していません。
――担当する「英語講読」「実践英語」ではどんな授業をしていますか。
法学部で学ぶ学生に英語力を高めてもらいたいと私なりに工夫はしています。ただ、1、2年生で週1回か2回だけの授業ですから、英語の原書を読むとか海外で学会発表しようという学生は自分で頑張ってもらわなければなりません。英語を学ぶことで、自分とは違う多様な価値観があることに気づいたり、他の外国語にも興味を持ってくれればと思います。
――グローバル人材の育成が各方面から言われています。
グローバル人材の育成と英語力の向上はイコールではありません。大事なのは人間力や専門性の向上です。ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さんとか、英語が得意でなくても世界で活躍している人たちはたくさんいます。英語ができればそれは素晴らしいですが、グローバル人材の必要条件ではありません。大切なのは、異質なものに対して開かれた心、理解しようとする努力です。学生時代は幸い時間はたっぷりあります。知識や教養をしっかり増やし、人間性や専門性を磨いてほしいと思います。名城大学では2014年度から、海外英語研修制度も大幅に拡充され、毎年100人に20万円の奨学金が給付されます。英語力を磨くきっかけになると同時に、これまでの自分の価値観を揺るがすような経験ができる好機かも知れません。やらなければ全ては始まりません。ぜひチャレンジしてください。
「いろんな体験をして人間力を高めてほしい」と語る高橋教授
高橋(溝上) 由紀(たかはし(みぞかみ)?ゆき)
愛知県出身。名古屋大学文学部文学科英文学専攻卒。テレビ愛知記者を経てロンドン大学ゴールドスミスカレッジ大学院カルチュラルスタディズ修士課程、応用言語学修士課程、名古屋大学大学院国際言語文化研究科国際多元文化専攻博士後期課程修了。博士(文学)。名城大学法学部准教授を経て2013年4月から現職。法学部入試委員、国際交流委員。