育て達人第073回 浦田 広朗

社会学の立場から教育の実態把握に迫る   大切にしてほしい研究室からの吸収

大学?学校づくり研究科 浦田 広朗 教授(教育社会学)

 大学職員や学校事務職員など社会人を主な対象として、教育経営のプロフェッショナルを育成する大学?学校づくり研究科。浦田広朗教授は同研究科だけでなく、全学共通教育、人間学部、教職課程など学部生の教育にも携わっています。専門の教育研究の立場から大学生の学びについて語っていただきました。

――全学共通教育では社会学、人間学部では地域教育論、教職課程では生涯学習論、大学?学校づくり研究科では教育財務論などを担当されていますが、もともとの専門は何ですか。

「文系学生なら社会科学の方法を一つでも身につけてほしい」と語る浦田教授

「文系学生なら社会科学の方法を一つでも身につけてほしい」と語る浦田教授

 教育社会学といって、教育を社会学の立場から研究する学問です。教育という現象を、固定観念にとらわれずに様々な角度から実証的にとらえ直し、常識とは別の見方?考え方を提示しようとする学問です。このため、教育社会学は、経済学や政治学などの社会科学、さらには心理学や歴史学や哲学も総動員して、広い意味での教育を研究しています。

――教育社会学の研究からどんなことが分かるのでしょうか。

 例えば現在、社会全体の道徳が衰退し、青少年の非行化や凶悪化が進んでいると言われ、道徳教育をはじめとする学校教育の力によって、それを是正することが求められています。しかし、実際の統計を調べてみますと、青少年による犯罪、特に殺人などの凶悪な犯罪の発生率は戦後ほぼ一貫して低下しています。個々の事件をみても、戦前あるいは終戦直後の青少年による犯罪の方が悪質な場合が多いのです。マスメディアでは、最近発生した犯罪がセンセーショナルに報道され、青少年の規範意識が低下していると批判しますが、少なくとも犯罪発生率からみる限り、昔よりも今の青少年の方が真面目です。規範意識を強化するような教育を施すと、彼らは委縮してしまうかもしれません。

――実態を実証的に把握した上で、教育の方向を見直すわけですね。

 そうです。実態を踏まえない教育や教育政策は誤りをもたらすからです。実は今の話は、講義の準備を進める中で分かってきたことです。私自身の本来の研究は、大学を中心とする高等教育を主な対象としています。

――高等教育を実証的に研究するとどのようなことが分かりますか。

 今の高等教育政策が必ずしも望ましい方向には進んでいないことです。日本では、大学間あるいは教員間での研究上の競争を刺激するために、研究費を集中的に配分したり、任期制によって教員の移動(他大学への転出)を促進する政策がとられています。しかし、これらは必ずしも研究の生産性を向上させているわけではないことが分かってきました。例えば私が参加している研究チームで、日本を含む18か国約2万人の大学教員のデータを分析したところ、教員の研究の生産性を上げるのに貢献しているのは、大学間を移動することではありませんでした。むしろ、大学は移動しないままで、他大学の教員と交流している人が高い生産性を上げています。これが正しいとすれば、任期制などの流動化政策よりも、落ち着いて研究する環境を整備した上で、他大学との交流を促進することが学問の発展には望ましいということになります。教員の教育活動を考えても、むやみに大学間を移動しない方が望ましいでしょう。

――学生に関することで分かったことはありますか。

 最近では、単位の実質化であるとか、大学院でのコースワーク(科目履修を中心とした学習形態)を重視する政策が展開されています。要するに授業を中心にきちんとした教育をやりましょうということです。ただ、それだけを強調すると失うものが大きいのです。大学や大学院を卒業?修了した人に対する調査結果からは、正規の授業よりも、卒業論文などのために所属した研究室で先輩や仲間から自然に学んだものが卒業後に役立っているということが分かります。研究室での活動は決して狭いものではなく、企業でいえば営業活動や総務のような仕事もあります。これらの活動にも従事することが学生を育ててきたのです。近年、インターンシップやボランティアの活動が単位として認められることが増え、単位に結びつかない自主的な勉強会や読書会などが衰退しているように思います。

――学生たちへのメッセージをお願いします。

 文科系の学生にしか当てはまらないかも分かりませんが、社会科学の方法を一つでも身につけてほしいですね。経済学でも、政治学でも、法学でも、社会学でも何でも結構です。日本の大学では、個々の科目の単位を積み重ねれば卒業できますが、残念ながら、多くのことをバラバラに学ぶだけで、学問の基本的な方法を身につけることなく卒業する例が多いのです。卒業した学部に関わらず、社会科学の基本を身につけた人は強いと思います。大学で出合う授業科目の全てではなく、自分を育ててくれそうな基本的科目を一つでも選んで、それを徹底的に学ぶのが良いと思います。大学院でも、コースワークはもちろん大切なのでしょうが、広い意味での研究室の活動を大事にし、正規の授業だけでは得ることができないものを、研究室という場から吸収してほしいと思います。

浦田 広朗(うらた?ひろあき)

長崎県出身。広島大学教育学部卒、同大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。麗澤高等学校教諭、麗澤大学教授などを経て、2007年より名城大学教授。専門は教育社会学、高等教育論。著書に「変貌する日本の大学教授職」(共著、玉川大学出版部)など。52歳。

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