育て達人第049回 板倉 文忠
ラジオ少年時代の夢をデジタル世界に 面白いと思ったら思い切り挑戦を
理工学部 板倉 文忠 教授(音声?音響情報処理)
理工学部の板倉文忠教授が「財団法人NEC C&C財団」から2009年度「C&C賞」を贈られることになりました。C&C賞は1985年に創設された情報処理、電気通信、半導体デバイスの各技術とこれらの融合する技術分野での開発、研究で顕著な貢献のあった研究者に贈られる賞です。「音声分析合成による高能率音声符号化技術の先駆的研究」が授賞理由の板倉教授に40余年に及ぶ研究生活を振り返りながら語っていただきました。
――C&C賞の歴代受賞者にはノーベル賞受賞者もいますし、先日、第25回京都賞を受賞された赤﨑勇先生も1998年に受賞されています。
「面白いと思ったら思いきりやってみることです」と語る板倉教授
私も受賞の連絡を受けた時、えっと驚きました。今年の物理学賞を受賞したチャールズ?カオ氏(元香港中文大学学長)は「光通信に使うグラスファイバーに関する革新的業績」、ウィラード?ボイル氏、ジョージ?スミス氏の両氏は元米国ベル研究所研究員で「電荷結合素子(CCD)センサーの発明」が授賞理由です。3人ともC&C賞の受賞者で、この賞の歴代受賞者はその道のオーソリティたちです。私はそんな大したことをしたわけではありません。
――今回の板倉先生の受賞理由「音声分析合成による高能率音声符号化技術の先駆的研究」は携帯電話には欠かせない技術であると聞きました。
グラハム?ベルが発明した電話は人間の声、つまり音波を電気信号に変え、電気振動を音に変えるアナログの世界ですが、今は数字の0と1を組み合わせ、音声も画像もデータ化できるデジタルの世界です。私は名古屋大学の博士課程で書いた学位論文「統計的手法による音声分析合成方式に関する研究」をベースに、日本電信電話公社(現NTT)勤務時代に、携帯電話に欠かせない「音声符号化方式LSP(線スペクトル対方式)」という技術を開発しました。この方式はその後、米国のベル研究所が開発した技術と一体となり、世界中の携帯電話に装備されています。C&C賞はオリジナルな考え方は誰かということで選ばれていますが、私にとっての研究成果の頂上が10合目とすれば、学位論文で6合目までには登りつめていたと思います。
――C&C財団は、板倉先生が大学院生時代に書かれた学位論文「統計的手法による音声分析合成方式に関する研究」のオリジナル性を認めたわけですね。
数学的センスが必要な研究でした。それまでの音声の分析、合成の研究はどちらかと言うとアナログマインドの人がやっていて、数学的に理詰めで考えるという習慣はありませんでした。経験と直感、自分のセンスが重視されていました。私は修士課程時代に宇田川銈久先生という世界的にも有名な応用数学の先生の指導を受け、統計的手法からの情報処理の研究に取り組みました。残念ながら宇田川先生は私が博士課程に進んだ直後に心筋梗塞で亡くなられました。
――名城大学には2004年から勤務されていますが、大学院の教育目的を「新しい分野の開拓に挑戦できる体力と自信を持たせること」としています。ハードルが高そうです。
我々の世代は戦後の荒廃の時代を体験したハングリーな世代です。ハングリーな状態から脱出するには人より一歩先に行かなくてはという意識が非常に強かったんです。今は社会の考え方も学生たちの意識も相当違いますが、学生たちの言うことも聞きながら、最終的には自分の考えに導いていければと思っています。実際に、その分野に入ったらやるしかないわけで、学生たちも一生懸命やっています。
――大学に入学するまでに自分の進路についての迷いはありませんでしたか。
小学生、中学生時代はラジオ少年でした。「子供の科学」「初歩のラジオ」「無線と実験」といった月刊誌に夢中になり、中学を卒業したら当時全国に数校あった国立の電波学校を受験して無線技師になるつもりでした。心配した親の勧めで、東京で国立大学の教授をしていた親類を訪ね相談したところ、「まずは広く学んで、その後に専門に行けばいい」と助言してくれました。おかげで名古屋大学では宇田川先生に出会うことができました。
――座右の銘は孟子の「尽信書則不如無書」(ことごとく書を信ずればすなわち書なきにしかず)ですね。
本に頼り、読むのはいいが、鵜呑みにしてはいけないという意味です。学生たちには、論文は冷静に、批判的に読むことが重要だと言っています。必ずそこには未解決な問題とか見落としがあるものです。読みながら、自分でなるほどと確信ができるまで吟味することが大切で、冷静に、批判的に読むことで面白い発展があります。そして、面白いと思ったら思いきりやってみることです。思いきりやることで、自分の大きな能力を発揮することができると思います。
板倉 文忠(いたくら?ふみただ)
愛知県豊橋市出身。名古屋大学工学部卒、同大大学院工学研究科電子工学専攻博課程満了。工学博士。日本電信電話公社(現NTT)武蔵野電気通信研究所、米ベル研究所音響研究室勤務などを経て名古屋大学教授。2004年4月から名城大学理工学部教授。学術研究支援センター長、総合研究所長を歴任。69歳。