育て達人第034回 川勝 博
宮沢賢治から学ぶ科学への道 交流サロンは一般学生大歓迎
総合数理教育センター長 川勝 博 教授(理科教育?物理教育)
川勝博教授は宮沢賢治学会の会員でもあります。真理を追い求める科学の道と、人間の「まことの道」の矛盾。それを思い悩んだ賢治。「永遠に交わることのない2本の道を走る列車。それこそが賢治の道でした」と川勝教授は指摘します。科学の「なぜ?」と人の「いかに」を一緒に考える総合数理教育センター。その企画に「一般学生も気軽に足を運んでほしい」と呼びかけています。
――宮沢賢治の魅力を教えて下さい。
「学生はもっといろんな活動に参加してほしい」と語る川勝教授
学生時代から賢治が好きで、いろいろ本は読みました。賢治は自然科学の言葉で詩を書き、童話を書いている。また賢治は90年近くも前から、地球生態系に対する危機的状況に警鐘を鳴らした最初の日本人でしょう。人間にとっての科学技術のあり方について、エコロジーの観点から、文学的に、批判的に考察している。
――昨年の理工学部市民開放講座でも「宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の謎を探る~21世紀の科学技術のあり方を求めて」のテーマで講演されました。
「銀河鉄道の夜」と1対になっているのが「グスコーブドリの伝記」です。冷害による飢饉で両親を亡くした主人公のブドリは、最初、お百姓さんにとって役に立つことを学ぼうと思って学校に行きます。しかし学校では、クーボー博士から「本当の勉強とは、役に立つかではない。何が本当かを追求するかだ」を学びます。その結果、彼は、農民にならず火山観測の技師になります。ところが、ある年、襲ってくることが予想できた冷害に、いてもたってもいられなくなります。そして、これは科学者?技術者の道ではないことは知りつつ、わが身を犠牲にして火山を噴火させ、二酸化炭素排出による温暖化効果で冷害を防ぎ、農民を救いました。賢治にとって、科学の道と人倫の道は、常に己に向かって判断をせまる、刃でもありました。勿論、賢治は、ユーモアのある人でした。「雨にも負けず」などで登場する、前かがみで人生の悩みを思索しているかのようなコート姿の写真も、実は大好きだったベートーベンをまねたおどけたポーズでした。ユーモアもまた勿論、科学精神の真髄。批判精神の表れです。
――本学就任の際、プロフィール欄で、「教育は私の研究でもあり本務だ」と述べています。
名古屋大学の理学部を卒業し、愛知県の県立高校教員になりましたが、教師になっても研究は続けたいと思っていました。しかし最初は教育が研究になるとは思っていませんでした。ただ、大学卒業の時、昨年のノーベル物理学賞受賞である小林さんや益川さんらの恩師である坂田昌一先生が、「誰もがやらないことに進むことも大切だよ。そんな分野はたくさんある」と言われたことは覚えています。それが、結果として科学教育の開拓を、自分の研究分野にすることになるとは。不思議ですが、当たり前かもしれません。
――1994年には、世界の物理教育研究の流れを変えたとして、アジア人として初めて、ハンガリーの物理学会から物理教育国際賞を贈られています。
学ぶ側である生徒たちから「わからない」理由を探りました。その理由は普遍的なのだろうか。その原因と克服法を探り出し、検証可能な仮説として発表しました。生徒たちの「わからない」という理由は、やはり世界共通でした。やがてその克服の実践記録である授業記録ノートは、「川勝先生の物理授業」(海鳴社)という3冊の本(1997、98年)になり、英語版、中国語版も出版されました。友人とともに開発した水ロケットなどの楽しい多くの実験も、世界中の教科書で取り上げられるようになりました。
――総合数理教育センターとはどういう組織ですか。
いまは小中高校大学を貫く、中部圏私学唯一の総合的な数理教育研究教育機関です。学内の総合的な数理教育研究支援組織として、地域貢献に、国際交流に、地域教育研究支援に多面的な活動を始めています。しかし最初は、名城大学が2001年に、全国に先駆けてスタートさせた「飛び入学」制度の受け皿機関として発足しました。高校2年生を終えた段階で、3年生を飛び越えて理工学部数学科に入学できる制度です。飛び入学の学生がいるのは全国でも2校だけで、どこでも各学年、各学科平均1人程度の学生数です。本学では手厚いケアと総合大学のメリットを生かし、欧米や戦前では当たり前でもある、学生の多様な個性と力を伸ばすこの制度を教育研究の意味でも続けていきたいと思っています。
――名城大学に赴任されて3年目ですが、名城大生の印象と注文を教えて下さい。
真面目で素直な学生が多いと思いますが、持っているエネルギーがまだまだ十分に発揮されていないような気がします。総合数理教育センターでは、学生の皆さんにもっともっと元気になってもらおうと、いろんな企画(ポスターで公開)を実施しています。例えばセンターに来ればいろんな面白い人と話ができます。3月には「素粒子物理学者がチェコでオペラを演出」というプログラムも設けました。飛び入学生、各学部生や大学院生、教員、職員、さらに市民の皆さんも加えて、楽しく聞き語り合える科学サロンにしていきたいと思っています。また、このセンターは実験ボランティア活動を年中やっています。学内外での小中高市民向けの実験講座に、ぜひ文系理系を問わず参加してください。大歓迎です。ここに出入りすることで、飛び入学生も含めた名城大生全体が、実験を通じて科学を楽しみ、奉仕する楽しさを味わい、元気になってほしいと思っています。
川勝 博(かわかつ?ひろし)
名古屋市出身。名古屋大学理学部物理学科卒。愛知県立千種、旭丘高校などの教員を経て1997年から10年間、香川大学教育学部教授。2007年度から現職。日本学術会議連携会員。ユネスコのアジア物理教育ネットワーク日本代表なども歴任。63歳。